ルームランナー

ルームランナー 昭和51年(1976年)

 昭和51年、通信販売会社の日本ヘルスメーカーから室内ランニング機「ルームランナー」が発売されヒット商品となった。ルームランナーは、体重計のような台の上で足踏みをする健康器具で「外でのジョギングを気楽に家庭で行え、天候に左右されずに運動できる」と宣伝されされた。台の上で走ると走行距離が表示され、1台3万6500円と高額であったが1年間で30万台が売れた。ルームランナーは現在でも販売されていて、虚血性心疾患の診断に用いるトレッドミルに似た器具に進化している。

 昭和53年には「ぶらさがり健康器」が発売され、ぶら下がるだけで健康が増進すると宣伝された。ぶらさがり健康器は、個人だけでなく職場や役所でまとめ買いのケースも多く、企業の安全管理室、健康保険組合が窓口となって大量に注文した。社員の運動不足、ストレス解消のためであるが、当時の企業にはぶらさがり健康器を買うだけの余裕があったこと、健康神話が企業にまで浸透していたことが分かる。

 サラリーマンは自宅の狭い部屋でランニングに励み、会社ではぶらんとぶら下がる。この効果は別として、日本人は健康という言葉に弱い。健康食品、健康サンダルといったように、健康という接頭語を付ければ、何でもよく売れた。

 ぶらさがり健康器は、学校の鉄棒の室内版で、最初は珍しさから利用されたが、ご多分に漏れず結局は洋服がけになった。ぶらさがり健康器はヒット商品であったが、長期間使用した人の話はあまり聞かない。狭い部屋の粗大ゴミとなって、主婦を悩ますことが多かった。

 同じころに「ツイスター」という健康器具が流行した。手すりにつかまった状態で直径30cmの丸い踏み板に乗り、腰をひねると運動になった。ウエストのくびれた女性が魅力的とする考えが根底にあったせいか、ムキになって運動して腰椎を傷める人が出た。マスコミはツイスターを人気商品と持ち上げたが、危険性が指摘されるころにはブームは去っていた。昭和53年には超音波美顔器が大いに売れたが、日本消費者連盟から効果なしと告発され消滅した。

 これらの健康器具は通信販売という新たな手段で販売された。通信販売は気楽に買え、たとえ失敗しても落胆は少なかった。消費者にとっては、人前では買いにくい商品が、通信販売だと手軽に買えた。実際、各大手メーカーがこれらのヒット商品を製造したが、店頭販売では売れなかった。

 昭和50年頃から飽食の時代という言葉が流行し、厚生省の調査では日本人の8割が健康に不安を抱いていた。健康器具が売れた背景には、消費者が健康に気を使う余裕が出てきたこと、健康のために何かをしなければと焦る気持ちがあったからである。手軽さや安易さもあって、ブームに乗り遅れまいと主婦たちは競って健康器具を買った。健康に自信を失いかけていた中高年サラリーマンにも同じ心理が働いた。

 健康器具とは、健康によいとされる機能を持った器具で、健康寝具、温泉器、浴用器、温熱器、マイナスイオン発生器、空気清浄器、磁石、家庭用マッサージ器などが含まれる。多種多様の健康器具が製品化されたが、健康にどれだけ役立っているのかの証拠はなかった。たとえ健康に効果的でも、継続できず途中で止めてしまうことが多かった。

 健康器具は、購入まではやる気があっても、実際に手に入れると、それだけで満足してしまうのであった。しかも訪問販売や電話勧誘で買わされたわけではなく、自分の意志で買ったのだから文句は言えない。

 室内健康器具は、現在でもさまざまな効果をうたい文句に、テレビショッピング、新聞広告などで売られている。健康器具はその効果よりも夢を売る商品であって、人間の願望を満足させる商品といえる。テレビショッピングの売り上げは急増し、平成14年には2200億円になっている。

 健康器具は使用によって健康の増進が期待できる器具を意味していて、健康を保証するものではない。健康増進が証明された器具は薬事法では医療器機に相当するので、健康増進が証明された健康器具は存在しないのである。一方、健康器具が安全とは限らず、健康を害したものがある。平成14年12月、和歌山県有田市の川衛製作所は、同社の家庭用マッサージ器を使用した20歳後半の男性が死亡する事故があったと発表した。事故があったマッサージ器「コンセラン77」は、空気圧で膨らむジャケットとスラックスを着て、空気圧の加減を繰り返し、全身をマッサージする器具であった。このマッサージ器による死亡は、胸部圧迫による窒息死で、ジャケットを装着して空気を入れたが、加圧の状態で停止したことによる。同機による同じ不具合で、東京都の女性と北海道の女性が死亡しており、同社はすでに販売していた3770台を自主回収することになった。

 健康器具による事故は、平成7年から13年までで114件報告され、最も多いのは「スライダー・ローラー」と「金魚運動器」で全体の半数を超えている。健康器具には安全に関する規格や基準がないことが問題であった。