コラルジル薬害

【コラルジル薬害】昭和45年(1970年)

 コラルジルは、昭和26年にイタリアのマジオニ社が開発した冠動脈拡張剤である。日本では鳥居薬品が輸入し、昭和38年から心臓病、狭心症の治療薬として多くの患者に投与されていた。このコラルジルを内服している患者の中に、微熱、コレステロールの顕著な上昇、血沈の亢進、脾腫、肝腫などの症状をきたす者が多くいることが分かった。

 この薬害について、大阪大医学部第2内科の西川光夫教授は、動物実験を含めた結果を学会で発表し、発売元の鳥居薬品に連絡、鳥居薬品はコラルジルの製造中止を決めた。ほぼ同時期に、新潟大医学部の内科医・佐々木博らは、コラルジルの副作用の可能性を日本消化器病学会関東甲信越地方会に報告、このことを昭和45年11月の新聞紙上で発表した。

 大阪大医学部と新潟大学医学部の報告はともに正しいものであったが、薬害を社会的に警告した点では、新潟大医学部の行動の方がよりインパクトがあった。新聞報道によって、患者は自分に投与されている薬の副作用を知ることができたからである。

 コラルジル薬害は、病理的に2つの特徴があった。1つは血液中に泡状の細胞が出現することで、これは「泡状細胞症候群」と呼ばれ、通常の疾患では見られない珍しい所見であった。もう1つは肝臓にリン脂質が蓄積し、「リン脂質脂肪肝」を作ることで、リン脂質脂肪肝も珍しい所見だった。この病理所見から、血液学者や肝臓学者の注目を集めた。

 コラルジル薬害は、2000錠以上内服した患者に見られたことから、全国では2万人以上の被害者、500人以上の死者が出たと推定されていた。しかし薬害を訴えた被害者は28人で、裁判では被害者が勝訴し、賠償額は1000万円から2000万円で和解した。鳥居薬品は総額3億1605万円の賠償金を支払った。

 コラルジルは、米国で先行販売されたトリパラノールとほぼ同じ構造式の薬剤だった。このトリパラノールは肝障害を引き起こすことから、米国では昭和37年に販売中止になっていた。つまりもともと薬害が生じる可能性があった。

 コラルジルの発売前の基礎データでは、投薬された患者の中には血中コレステロールが数倍に上昇した患者がいたが、専門家はそれを問題ないと結論づけ、そのデータを意図的に除いた論文を書いていた。コレステロールが700mg/dLに上昇している生の治験データを見れば、素人でも危険な薬剤であることに気づくはずである。もちろんコラルジルは発売中止となったが、コレステロールのデータを意図的に隠して論文を書いた臨床専門医の責任は問われなかった。

 その後の研究報告によると、コラルジル薬害の特徴である泡状細胞症候群とリン脂質脂肪肝は、ヒトの20倍のコラルジルをラットやサルに投与しても、体内酵素によって分解され、同じ病像を示さなかった。実験動物で副作用が再現できないことは、動物実験だけではヒト特有の安全性は確保できないことを示していた。つまり薬の副作用には動物間の種差があり、臨床試験の重要性があらためて問われることになった。