がんの人体実験

【がんの人体実験】昭和44年(1969年)

 昭和44年10月14日、金沢市で開催された第28回日本癌学会で、広島大原爆放射能医学研究所の岩森茂助教授が驚くべき研究内容を発表した。それは「がん患者のがん細胞を3人の特発性血小板減少症患者に注射して、注射から10日後に特発性血小板減少症患者の脾臓を摘出し、脾臓の細胞を生食水で処理して元のがん末期患者に注射した」という内容であった。このようなことは動物実験でも成果が報告されておらず、人体実験と批判が起きた。

 岩森助教授は「がん患者は免疫能が低下しているので、特発性血小板減少症患者にがんへの抗体を作らせ、それを元のがん患者に戻せば、がんは治るはず。脾臓は免疫抗体を作る力が強く、また特発性血小板減少症の治療として脾臓摘出は一般的な治療法で、脾臓摘出は予定していた手術なので問題ない」と説明した。理屈はそうであるが、患者を治療以外に使ったこと、がん細胞をがんでない患者に注射したことは、医師として常識を逸脱していた。

 他人のがん細胞を注射された患者は、幸いにも副作用は見られなかったが、「抵抗力のつく注射」とウソの説明を受けていた。一方、がん患者は一時的な回復が見られた程度であった。

 岩森助教授は、この研究は以前にも学会で報告したことがあり、自分の行為は間違ってはいないと強調した。しかしほとんどの医師は人体実験と非難し、このことがNHKニュースで流されたことから問題が大きくなった。

 他人のがん細胞の注射を受けた特発性血小板減少症患者は、このことを新聞やテレビで初めて知ったのである。日本弁護士連合会人権擁護委員会も医師のモラルを欠いた人体実験であると警告。広島大原爆放射能医学研究所の志水清所長は臨床実験を中止するように岩森助教授に勧告、同助教授は昭和46年1月、辞意を表明した。