さつま揚げでサルモネラ食中毒

 さつま揚げでサルモネラ食中毒 昭和43年(1968年)

 昭和43年6月5日の夕方に会食した13人が食中毒症状を起こしていることが宮城県若柳保健所(現在、栗原保健所)から、さらに6月8日には岩手県北上保健所から食中毒患者30人が発生したと連絡があった。

 この食中毒事件は宮城県の2市10町1村で231人が発症し、岩手県では2市6町3村で377人が発症、4人の死者を出す大規模食中毒事件となった。中毒者608人の半数以上は女性であったが、これは岩手県内の女子寮の給食で59人が発生したこと、田植えの慰労会の会食で女性が多かったからである。

 発症までの潜伏期間は18〜24時間で、症状としては水溶性の下痢が95%、発熱と腹痛が90%に認められ、そのほか吐気、頭痛などがあった。会食者の発病率は宮城県で55%、岩手県では92%であった。岩手県で発症率が高かったのは、原因となった「さつま揚げ」の製造から摂食までの時間が長かったため、菌の増殖が多かったからである。

 宮城県の患者から採取した59人の便のうち45人からサルモネラ・エンテリティディスが検出され、さらに食べ残しや小売店より回収したさつま揚げからも同じ菌が検出された。6月8日、対策本部が設置され、関係機関への連絡や報道機関への公表がなされた。原因とされたのは塩竃市の業者が製造したさつま揚げで、行政指導により製造中止、残品回収が行われた。

 さつま揚げを調べると、表面よりも中心部にサルモネラ菌が多く検出された。このことは、油で揚げる前段階で菌に汚染され、油で揚げても中心部のサルモネラ菌が生き残ったことを示していた。工場内の容器や工場内で捕獲されたネズミからもサルモネラ菌が分離された。

 その当時は、ネズミによるサルモネラ食中毒が流行していた。工場がネズミ防御を怠ったことから、大規模な食中毒の発生となった。製造過程でサルモネラ菌が混入し、加熱によっても殺菌できず、生き残ったサルモネラ菌が増殖し、広範囲に食中毒を発生させたのだった。

 この食中毒事件はネズミ駆除の重要性、製造過程における加熱の不備、流通での保存温度などが問題となった。また食品流通の拡大により、複数の県にわたって広範囲に発生したことが特徴であった。この食中毒事件以降、魚肉練り製品工場の行政指導が強化され、大規模な食中毒は発生していない。

 日本最大のサルモネラ食中毒は、昭和11年に起きた静岡県浜松市の浜松第一中学校の「大福もち食中毒事件」である。運動会で出された大福もちのあんこがサルモネラ菌に汚染され、それを食べた生徒、職員、家族が犠牲となり、患者2201人、死者44人という大規模食中毒事件となった。

 運動会に9000個の大福もちが出されたが、食中毒の原因は大福もちのあんこだった。大福もち用のあんこは運動会の4日前から製造され、保管場所がないため床に置かれていた。このあんこがネズミの尿により汚染され、サルモネラ菌が増殖したのだった。この例が示すように、かつてのサルモネラ食中毒はネズミの尿が原因であったが、昭和40年後半から鶏卵による中毒が多くを占めている。

 サルモネラ菌はヒトや動物の腸管内に生息し、食物や水を介して感染、またヒトからヒトに感染する。サルモネラには約2000種類が確認されているが、サルモネラ・エンテリティディスによる食中毒が90%以上を占めている。平成4年、サルモネラ食中毒が、腸炎ビブリオと黄色ブドウ球菌を抜いて、発生件数および患者数ともに1位になった。サルモネラ食中毒は全食中毒件数の33.5%を占め、患者数は食中毒の42.2%、年間約2000人である。国内ではサルモネラ食中毒で死亡したのはこの10年間で10人である。

 サルモネラ食中毒は学校、旅館、飲食店などで集団発生する場合と、家庭などで散発的に発生する場合がある。サルモネラ菌が食中毒を起こす菌数は、個人差があるが1グラム中1万個とされている。チーズやチョコレートなどによる食中毒は菌数が少なくても起きるが、それは食品中の脂質が胃酸から菌を保護するためである。

 昭和62年頃から世界各国で鶏卵によるサルモネラ食中毒が多発し、アメリカでは平成6年、アイスクリームで22万人の集団食中毒が起きている。また平成22年には2000人以上が食中毒を起こし5億5000万の卵が回収されている。

 日本では平成元年にサルモネラ食中毒が多発し、例年の2倍近くまで増加した。多くは卵と卵料理によるもので、食品としては、洋菓子、卵入り丼、焼き物、揚げ物、アイスクリーム、マヨネーズの順であった。最近の例では、平成22年に大分県で合宿中の高校生と職員206人が卵による集団食中毒を起こしている。

 鶏卵がサルモネラ菌に汚染されるのは、産卵時にすでに汚染されている場合と、ニワトリの糞便に付着したサルモネラ菌が卵殻を通過して卵内に侵入する場合がある。サルモネラ菌に感染している卵は1万個につき2〜3個で、サルモネラ菌に感染しているニワトリが生む卵の約2%から菌が検出される。

 サルモネラ菌に感染している卵には、平均で2個のサルモレラ菌が存在する。このように最初は数個のサルモネラ菌であるが、保存状態によってサルモネラ菌は20分で倍に増殖することから食中毒を起こす。つまり常温で保存することは危険であることを示している。サルモネラ菌の対策として鶏にワクチンの接種が行われており、国内に流通している約半数はワクチンを受けた鶏から産まれた卵である。しかし店頭の卵のパッケージにワクチン接種の有無が表示されていないことが多い、

 サルモネラ食中毒の予防は、サルモネラ菌が乾燥と低温に弱いことから、卵は冷蔵庫に保存し、1週間以内に使い切ることである。買いだめはせずに、購入時にはきれいで、ひび割れのない新鮮な卵を選ぶことである。卵を割って皿の上に落とすと、古い卵ほど黄身は平らになり白身は薄くなることが参考になる。

 サルモネラ菌は十分に加熱すれば死滅するので、ゆで卵なら沸騰後7分以上おけばよい。またマヨネーズを作るときは酢を多くすることで、賞味期限を過ぎた卵は加熱して料理することである。そして肉や卵に触れた場合は、手、ボウル、まな板を必ず洗うことである。

 サルモネラに限らず下痢をきたす食中毒で最も恐ろしいのは脱水症状で、下痢をしても水分を多く取り、飲めなければ点滴を行うことである。水分の補給が何よりも肝心である。