愛と死を見つめて

【愛と死を見つめて】昭和39年(1964年)

 昭和39年は東京オリンピックの年である。この年に出版界を席けんしたのは東京オリンピック関連のものではなく、1冊の純愛本「愛と死を見つめて」であった。この純愛本は若者の心をとらえ、年末までに132万部を売り上げる記録的ベストセラーになった。

 オリンピック同様の感動をもたらしたこの本は、実話にもとづいたもので、難病と闘う同志社大の女子学生と同じ病院で知り合った青年との書簡集をもとにしていた。

 軟骨肉腫という難病に冒され入院を余儀なくされた大島みち子(ミコ)と、恋人の河野実(マコ)とが交わした往復書簡は3年の間で400通を超えていた。手紙には死を意識しながらも精一杯生きようとするミコの気持ち、ミコとマコとの一体感の中で、苦しみと優しさが伝わってきた。死を前にしながらもひたむきに生きようとする純粋な姿に読者は涙を流した。重なる手術によって顔が変形し、死を意識しながらも生きようとする思いが込められた手紙は、純粋で悲しいながらも胸が詰まる暖かさがあった。

 「愛と死を見つめて」は河野実がみち子との400通余りの手紙を大和書房に持ち込んで出版された。難病の彼女を励まし、医学の無力さ、両親の傍観、このような不満から、河野実が手紙を出版社に持ち込んだのであった。この本を週刊誌「女性自身」が取り上げ、話題に火がついた。テレビの東芝劇場では山本学と大空真弓が主演し、1年に4回再放送された。

 さらに当時の青春スター、吉永小百合と浜田光夫を主演に日活が映画化し大ヒットとなった。映画の主題歌を青山和子が歌い、第6回レコード大賞を受賞している。「マコ甘えてばかりでごめんね、ミコはとっても幸せなの…」で始まる愛と悲しみの歌であった。

 愛と死を見つめては、いわゆる「難病の若い女性をめぐる恋物語」という難病ものドラマのはしりであった。