アイバンク開業

アイバンク開業 昭和38年(1963年)

 日本全国で視力に障害のある者は35万人で、その中で角膜が原因とされている患者は4万6000人とされている。アイバンク(目の銀行)とは角膜の障害により視力が低下した患者に、死亡した患者の角膜を提供するための公的機関である。

 ヒトが物を見るには、眼球の一番手前にある角膜を光が通過し、レンズを通り、次ぎに網膜に達して、初めて物が見える仕組みになっている。角膜とは黒目の表面を覆う直径約12ミリの透明な膜で、この角膜が病気やけがで混濁すると、光は透過できずに視力が低下する。

 このような視力障害を取り戻すには透明な角膜が必要になるが、この角膜は人工的に作ることができないので、ヒトの角膜を移植する以外に方法はない。

 角膜移植とは「角膜の混濁、外傷による角膜変形のために視力を失った患者が、他人の透明な角膜を移植すること」で網膜や視神経の病気で失明した場合には移植の適応にはならない。

 角膜移植の歴史を振り返ると、1789年にフランスのペリエ・ド・ケンシーがガラスを使って試みたのが初めとされている。その後、動物の角膜やプラスチックなどの人工角膜を使っての実験が試みられたが、いずれも失敗している。ヒトにはヒトの角膜のみが移植可能で、昭和3年にソ連のオデッサ大学のフィラトフ教授が遺体から採取した角膜を移植、以後角膜移植は世界的に普及し、昭和5年にアメリカでアイバンクが発足した。

 日本の角膜移植は、昭和24年11月、岩手医科大学の今泉亀撤教授によって初めて行われた。角膜移植は遺体からの眼球摘出が必要であるが、死体から眼球を摘出することは、当時は法的に認められていなかった。今泉教授は違法を知りながら、眼科医としての使命を果たすことを優先させたのである。今泉教授は多くの失明者を救うため、 昭和31年3月に非公式の「目の銀行」を岩手医科大学に発足させ、これが全国的なアイバンクにつながった。

 昭和33年に「角膜移植に関する法律」が公布され、角膜移植のために死体から眼球を摘出することが可能になり、昭和38年に厚生省は「眼球斡旋業許可基準」を公示した。このようにアイバンクの法律的な名称は「眼球斡旋業」である。

 昭和33年10月10日の「目の愛護デー」に日本初のアイバンクが、慶応大学と順天堂大学に開業した。アイバンクという名称から、眼球を貯蔵して分配するように誤解されやすいが、それは間違いで、角膜移植を希望する患者が安全に、円滑に公平に手術を受けられるように調整するのがアイバンクである。名称が誤解されやすいことから、角膜移植センターと呼ぶ場合がある。

 アイバンクは眼球を提供してくれる篤志家を生前に登録し、登録者が死亡した場合に遺族の同意を得て眼球を取り、移植希望者に角膜を斡旋する。移植用の角膜は、死亡後に提供されるが、角膜が透明ならば、ほとんどの角膜は移植可能である。白内障で手術を受けた者、コンタクト常用者、近視、遠視、乱視であっても移植可能である。角膜の寿命は200年とされ、親子三代にわたって使用されるほどで、提供者の年齢に制限はない。もちろんウイルス性肝炎などの感染症を持った患者は除外される。

 アイバンクに登録した人が死亡すると、医師が自宅か病院へ出向き6時間以内に眼球を摘出し、眼球が移植される病院へ運ばれる。この間、順番待ちの患者に入院してもらい、摘出後24時間以内に角膜移植手術が行われる。心臓が停止してから角膜が摘出されるので、脳死とは無関係で、角膜移植が法的に問題になったことはない。平成11年度の献眼者数は1070人、移植件数は1716件で、献眼された提供者はこれまで約2万5000人にのぼっている。

 現在、角膜移植を希望する患者は5700人とされている。角膜移植も臓器移植も、提供するかしないかは個人の意思によるもので、普段は万が一のことを考えない。しかし、海の青さや花の美しさを知らず、光のプレゼントを待っている人たちが多くいる。角膜移植を受けた人は、別世界の視力に感激している。それまでの白黒テレビがカラーテレビに変わった以上の感動である。角膜移植は比較的簡単なことから、献眼の普及が待たれている。手術の成功率は90%以上とされている。

 角膜移植は脳死問題には抵触しないが、脳死移植の影響から提供者が少なくなっている。また残念なことに、提供者が登録カードを所持しているとは限らず、登録者かどうかの確認が困難なことがある。さらに摘出された眼球のうち3割が受け入れ条件の不備や疾患を理由に移植されず、善意が無駄になっている。眼球の提供があっても、病院側の都合がつかなかったり、移植手術を受ける予定の患者の体調が悪かったり、患者が急に手術を取りやめたり、さまざまな理由がある。患者の善意に応えるため、アイバンクの機能をさらに向上させ、全国のアイバンク連絡網の確立が望まれている。日本では待機患者の3分の1しか角膜を賄えないが、アメリカでは待機患者の7倍以上の献眼者がいる。日本の献眼者が少ないことから、輸入された角膜が利用されている。角膜移植は善意の提供者に支えられており金銭の授受は一切ない。現在、各都道府県にアイバンクがあるので、献眼を希望する場合は最寄りのアイバンクに電話をすれば必要書類を送付してくれる。