茂原下痢症

【茂原下痢症】昭和28年(1953年)

 昭和28年6月、千葉県茂原市で約6000人に及ぶ伝染性下痢症の大流行が発生し、茂原下痢症(Mobara diarrhea)と名付けられた。伝染性下痢症は実験によってウイルスであることは確認されたが、特定のウイルスは検出されず、本当の原因は不明のままである。

 伝染性下痢症は第二次大戦後、わが国で全国的に流行し、致死率は2〜5%と高いものであった。全国で毎年3000人を超す患者が発症したが、昭和36年頃から減少し、昭和38年以降ほとんど患者は発症せず、死亡例は昭和41年が最後である。

 茂原下痢症は成人に多くみられ、患者の糞便、あるいは糞便に汚染された食品により経口感染。2〜8日の潜伏期を経て頻回の水様下痢が突然起こり、通常は無熱である。当時は点滴が不足していたので犠牲者を多く出したが、脱水に注意すれば予後はよいとされている。

 当時、3〜5歳の小児に猛威を振るっていた疾患として疫痢があった。便から赤痢菌が検出されることが多かったため、疫痢は赤痢の1病型とされていたが、本当のところは分からない。赤痢菌の毒素説、ヒスタミン中毒説など多くの説があるが、現在まで解明されていない。

 疫痢の初期症状は、高熱、嘔吐、頻繁な下痢で、次いで四肢冷感、脈圧低下などの末梢循環障害を起こす。重症化すると意識障害、痙攣などの脳障害をきたし短時間で死亡する。赤痢の激減とともに疫痢は過去の疾患となった。

 明治30年に設定された伝染病予防法では、疫痢は法定伝染病、伝染性下痢症は届け出伝染病に指定されていたが、平成11年の感染症法改正により両疾患は削除された。