無痛分娩第1号

【無痛分娩第1号】昭和28年(1953年)

 昭和28年6月8日、東京・麻布の日本赤十字病院で無痛分娩による出産が日本で初めて行われた。同病院の菅井正朝医師による指導で、大田区の富永和重が男子を無事出産した。通常は麻酔を用いての分娩であったが、日本赤十字病院では薬剤によらない無痛分娩が行われた。

 薬剤を用いない分娩とは、妊娠・出産の仕組みを妊婦に理解させ、事前に恐怖心を取り去ることで、精神予防性分娩と呼ばれているものである。後にフランスの産婦人科医ラマーズ(1890〜1957)が考案した「ラマーズ法」と類似した方法である。

 妊婦は出産の不安や恐怖から産痛がひどくなり、産痛が恐怖と不安をさらに高めるという悪循環に陥りがちで、この出産の悪循環を断つことが必要であった。

 無痛分娩は「不安なき分娩法」とも言われ、妊娠中に分娩教育が行われ、出産への恐怖心を取り除き、妊婦に呼吸法や弛緩法を収得させる方法であった。中心となるのは弛緩法と陣痛の強さに合わせた呼吸法の習得で、それによって安全で産痛の少ない自然な分娩がもたらされた。この方法は菅井正朝が中国の北京鉄路総医院の産婦人科に勤務中に修得したものである。

 日本赤十字病院は無痛分娩の成功以来、1年間で千数百人が無痛分娩で出産を行い98%の成功を収めた。無痛分娩は各地の病院で広く採用され、昭和29年11月15日には最初に無痛分娩で出産した富永和重を中心に「無痛分娩母の会」が結成され、患者サイドからも無痛分娩の普及に協力することになった。