パラチオン中毒

【パラチオン中毒】昭和29年(1954年)

 パラチオンは有機リン系の農薬で、商品名はホリドールである。この農薬は、第二次世界大戦中にドイツがユダヤ人を殺戮(さつりく)するために用いた毒ガスと同じで、「神経毒ガス」と呼ばれていた。殺虫剤の効果は農作物に害を及ぼさずに昆虫の神経をマヒさせることで、パラチオンは昆虫だけでなく人間にも害を及ぼした。

 日本では害虫であるニカメイチュウ(蛾)の特効薬として、昭和26年からパラチオンが普及した。パラチオンの殺虫力は極めて強く、イネを食い荒らすニカメイチュウの幼虫に絶大の効果を示し、食糧増産と農業近代化の役に立った。しかしパラチオンの散布に伴い、大量の農薬を吸入しての急性中毒患者が続出し、人体への毒性が表面化した。パラチオン中毒者は、昭和29年がピークで患者数18817人、死者は70人と報告されている。

 パラチオン中毒の本態は、体内のアセチルコリンを分解する酵素コリンエステラーゼの活性を阻害することで、そのためアセチルコリンが体内に蓄積し、コリン作働性神経を過剰に刺激することによる。パラチオン中毒の症状は、軽症例では全身倦怠、頭痛、めまい、発汗、嘔吐などであるが、中症例ではよだれ、瞳孔の縮瞳、言語障害、視力減退などで、重症例では意識障害、全身のけいれんを起こして死亡する。

 このためパラチオンは昭和44年に製造が中止され、46年に使用禁止となった。しかし自殺目的で使用する者が絶えず、使用禁止となった46年だけでも72人が死亡している。

 日本では使用されていないが、外国ではまだパラチオンを使用している国がある。平成11年10月22日、ペルー・クスコ郡の村で、朝食を食べた子供たちが突然、嘔吐と痙攣を伴う症状を示し24人が死亡している。給食に出された穀物にパラチオンが混入していたのだった。

 パラチオン中毒の治療は、特効的治療薬であるPAM(パム)の静脈注射である。