命売ります

【命売ります】昭和23年(1948年)

 昭和23年2月21日、「5万円で命売ります」と書かれた広告が名古屋市内の松坂屋など18カ所に張り出された。この広告は22歳の青年が書いたもので、父親が病気になり、その医療費5万円を必要としたことによる。戦争により生命の価値が低下したとはいえ、この広告は多くの人たちの関心を呼んだ。

 最初の買い手は兵庫県の宝塚で現れたが、面接での折り合いがつかず、買い手は1000円の破綻金を出しで取り止めになった。その他にも命の買い手が何人か現れたが、値段の折り合いがつかず、商談はいずれも失敗に終わった。そうこうしているうちに、父親の病状が悪化して死亡したため、この売買は中止となった。青年は「命売りは止め」との声明文を張り出し、近くの工場で働くことになった。

 この青年をまねた「命売ります」の広告は新潟、東京など数カ所で張り出され、その中には「純日本人娘の方に命売ります」というものもあった。

 戦争は人間の生命を軽く扱い、第二次世界大戦では300万人の日本人が犠牲となり、戦争が終われば帰る家もなく、現金も貯金もなく、生活の保障もなかった。「命売ります」はこのような時代を象徴するような、決して笑えない事件であった。