君の名は

 「忘却とは忘れ去ることなり、忘れ得ずして忘却を誓う心の悲しさよ」というナレーションで連続ラジオドラマ「君の名は」が始まる。昭和27年、脚本家・菊田一夫のこのドラマは異常なほどの人気を獲得した。毎週水曜日の夜8時30分から9時までの30分間であるが、「番組が始まる時間になると、銭湯の女湯から人が消えた」といわれるほどであった。当時のラジオドラマは生放送だったため、劇中のBGMは音古関裕而がハモンドオルガンを毎回即興で演奏していた。このラジオドラマの人気を受けて、松竹が映画化して大ヒットを記録した。

 「君の名は」は第二次大戦、昭和20年5月24の東京大空襲の夜からのストーリーである。焼夷弾が降り注ぐ中、たまたま一緒になった見知らぬ若い男女、後宮春樹(佐田啓二)と氏家真知子(岸惠子)は助け合って戦火を逃げ惑ううちに、銀座・数寄屋橋までたどり着く。一夜が明け、二人はここでようやくお互いの無事を確認する。お互いに生きていたら、半年後の11月24日、この橋の上で再会しようと約束する。それがだめならまた半年後にこの橋で会おうと約束し、お互いの名前も知らぬまま別れてしまう。やがて2人は戦後の渦に巻き込まれ、お互いに数寄屋橋で相手を待つも再会がかなわず、1年半後の3度目にやっと会えた時は真知子はすでに明日結婚する身だった。そして夫との生活がうまくゆかず悩む真知子、そんな彼女を気にかける春樹、2人をめぐるさまざまな人々の間で、病床にあった真知子は離婚を決意したが、運命はさらなる展開を迎えていく。鳴咽する真知子と衝哭する春樹の断崖の下には佐渡の海があった。

 氏家真知子のストールの巻き方が「真知子巻き」と呼ばれて女性の間で流行した。これは主演の岸惠子が北海道での撮影の合間に、現地があまりに寒いので横浜で購入した私物のストールを肩からぐるりと一周させて耳や頭をくるんだことによる。これによって「真知子巻き」が誕生した。真知子と春樹が半年ごとに数寄屋橋で待ち合わせをするが、再会しそうになるが、不都合が起きて会うことができない。この「会えそうで会えない」という事態が何度も繰り返された。これは後々の恋愛ドラマでもよく見られ、本作はこのパターンの古典となっている。なお主題歌「君の名は」作詞は菊田一夫で作曲は古関裕而で。歌はラジオ放送では高柳ニ葉、映画とレコードは織井茂子によって吹き込まれている。