間違いだらけの医療用語集

 間違いだらけの医療用語集

 気象衛星ひまわりが雲の状態をリアルに伝え、地域気象観測システム(アメダス)が全国840カ所のデータを瞬時に集めるようになり、ようやく天気予報は正確さを増してきた。しかしそれでも外れることがある。降水確率が0%でも大雨に降られることは珍しいことではない。

 天気予報は確率の世界である。コンピューターを駆使して降水確率を予測しても、ある確率で予報は外れるものである。予報は予測にすぎず、100%正確な予測などあり得ない話である。

 しかし、もし予報官の天気予報を報道機関が間違って伝えた場合にはどうなるであろうか。これは予報ではなく誤報であるから、野球場の弁当屋から訴えられても不思議ではない。このように予報と誤報とは言葉の意味に大きな違いがある。

  医療における診断は天気予報と同様に確率の世界である。患者の訴え、身体所見、検査結果、これらの情報を駆使して診断しても、これは予測であるから当然外 れることがある。鑑別診断を考慮しても、結果的に診断が違っていれば、予測違いと言わずに誤診となる。不可抗力の見込み違いでも誤診と表現される。

  風邪と診断した患者が肺炎であることは珍しいことではない。患者の話を聞いても、心窩部痛の心筋梗塞もあれば、胸痛だけの胃潰瘍もある。また病歴を聞くだ けで白血病と診断できる医師など世の中に存在しない。天気予報が外れるように、途中で診断が変わっても何ら不思議なことではない。見込み違いと誤診とは まったく違う意味であるが、医療においては予測が外れれば誤診と言われてしまう。

 昭和38年、沖中重雄東大教授は退官講演で誤診率14。2% と発表し世間を驚かせた。人々は誤診率の高さに、医師は誤診率の低さに驚いたのである。この両者の驚きの違いは誤診という言葉がいかに誤解を招いているか を表している。不可抗力の予測違いを医師が自戒をこめて誤診と呼ぶのを、人々は単なるミスあるいは医師の未熟に基づく悪い結果と受け止めるのである。

 人々は医療が天気予報と同じ確率の世界であることを知らない。そして誤診を誤報と同じ様に悪い意味に受け止めている。このように誤診という言葉の使い方が両者で違っている。

  大病院で医療ミスが重なれば、一般病院ではさらにミスが多いと思うであろう。医療ミスが頻発すれば、誤診もまた同様と当然思うであろう。このことから結果 的に不利益が生じた場合、すべてが誤診との疑いが向けられることになる。一般人にとって病気の不確実性は頭になく、結果が悪ければすべてを悪く判断するこ とになる。もともと「誤」は誤りであるから、誤診は誤解を受ける表現である。

 不正請求も言葉の使われ方に問題がある。不正請求とはレセプトの審査員が不正と判断したものを不正と呼んでいるだけで、人々が日常使用する不正の意味とは違っている。

 大学教授の解答を小学生が点数をつけているような、カナヅチのコーチが水泳選手を指導しているような、不思議な世界である。アマがプロを指導し、従わない者を不正と呼んでいるにすぎない。フルブライトで留学し、40過ぎまで大学で勉強した者が事務員に叱られる光景を不正請求という。不正という言葉が不正に使用され、しかも堂々と市民権を得てしまっている。

 人々はその実状を知らず、患者のための行為を医師による不法行為とみなしている。この言葉の間違いを誰も指摘しないから、国民はその現実を知らないでいる。信頼関係で成り立つ医療にとってこれほど悪い影響を及ぼす言葉はない。

 厚生省の見解では、減点審査の患者負担分は民法の不当利得返還請求権に基づき病院が患者の返済請求に応じるべきとしている。

 何と言うことであろうか。これは国家のために命をささげた者を売国奴と罵るのに似ている。不正とレッテルを貼られた者や売国奴と言われた者の悔しさを人々は知らないであろう。悪意ある宣伝に乗せられ、善が悪と罵られるのを国民は知らないでいる。

  不 正という言葉はすべて悪い意味で使われている。この悪意ある宣伝用語をやめさせることである。脱税企業でさえ税務署との見解の相違という表現を用いてい る。クリントンはホワイトハウスの不純行為を不適切な行為と言った。医療においては患者のための善意ある行為を不正と言うのだから、これはひどい言葉であ る。「不正請求」を「不正支払い拒否」と最初に叫ばなかった医師の負けである。

 言葉は大切に使うべきである。誤解を招くような言葉を使わせるべきではない。各医学学会では医学用語の適正を検討する部会がある。赤沈と血沈、胸部X線と胸部レントゲン、このような言葉の使い方を議論しているならば、誤診や不正請求などの言葉を早く取りやめさせることである。

 他人のための善意ある行為を不正と呼ぶ国に未来はない。もちろん医師の行為がすべて性善説から来ているとしての話ではあるが。