大人のおもちゃ

 子供がアメを欲しがるように大人はビタミンを欲しがり、子供がおもちゃを欲しがるように大人は健康器具を欲しがる。
 健康は言わずと知れた人間の願望であるが、この人間の願望につけ入るのが健康商法である。健康商法は健康食品からエステサロンまで5000億円産業とされているが実体は明らかではない。たかが大人のおもちゃ産業であるが、医療人の敵である悪徳健康商法を許すわけにはいかない。
 まず新聞1面の下段に注目してほしい。ガンは治る、アトピーが消える、万病に効く、このように刺激的な本の広告を見ることができる。これはバイブル商法と称するもので、本を購入すれば自社製品の効果が書いてあり、この宣伝により商品を購入させようとする商法である。被害者は新聞の広告、書籍、筆者の肩書き、高価な値段などの権威にだまされ商品を買うことになる。
 健康食品の定義は「効果が期待される」ことで「効果が証明された」ではない。また副作用の報告義務はない。昭和61年のゲルマニウムによる6例の腎不全死亡例が最も甚大な健康食品の被害であるが、このバイブル商法は絶えることなく続いている。これらが無害であれば夢を売る商売ともいえようが、健康商法は毒にも害にもなるのである。健康商法は人間としての良心を捨てれば楽に儲かる商売である。
 健康食品に関する苦情は国民生活センターだけで年間3万件である。たとえば病気に効くと書けば薬事法違反で逮捕されるので、チラシには体験談を載せ効果を代弁させている。しかも広告ではなく記事と思わせるところが悪どい。健康食品の効果はプラシーボ効果だけであとは何もない。
 健康食品はクロレラ、ドクダミ、黒酢、霊芝など2000種類にも達するが、効果を示す科学的証拠はどこにもない。効きそうな雰囲気だけである。もし健康食品産業に良心があるならば、二重盲検法を第三者に委託して有効性を検討すべきである。
 これは製薬会社も同じである。栄養過多の日本人になぜ栄養ドリンクが必要なのか理解できない。栄養ドリンク類は派手な宣伝で年間1800億円を売り上げている。ユンケル皇帝液、エスファイトなどの効果も二重盲検で科学的に比較すべきである。対照は牛乳におちょこ一杯の酒を加えたもので十分であろう。最近、厚生省のお墨付きで機能性食品が売り出されているが、これも二重盲検による検討はなされていない。非科学的な雰囲気によるお墨付きである。厚労省役人のための天下りには効果があるだろうが、本当に大丈夫かと心配になる。
 健康を願う人々の期待とは裏腹に、これまでに効果が証明された健康食品は存在しない。いっぽう害が証明されたものは数多くある。βカロチン、ビタミンAでさえ欧米の大規模試験では対照者より肺癌を2割も増加させたのである。このように健康食品には危険な罠が潜んでいる。
 健康商法のひとつとしてエステサロンがある。美しくなりたい、痩せたいとする女心をチラシ広告のターゲットにしている。エステサロンはいかに楽をして痩せられるかを強調するが、痩せるためには食事と運動以外にはありえない。痩せる石鹸やクリームなどのうまい話は存在しない。うまい話は経営者が逮捕されて終末を迎えるが、すぐに同種のものが出てさらなるブームをつくることになる。
 エステお決まりの使用前後の写真は、エステとは関係なくダイエットに成功した例で、その写真の裏には痩身失敗例が累々と山を築いている。さらにエステサロンの脱毛で毛嚢炎を起こした例も数多く報告されている。これらは医師法違反であるが、捕まる危険性は少なく儲かる可能性が大きいので後が絶えない。すべては商売、商売なのである。
 人間、生きていれば体調を崩したり不快な病気にもなるが、この不幸につけ入る健康食品に効果がないと、訴えても誰も取り上げはしない。それは健康そのものに実体がないからで、幸福になれると宗教に勧誘された者が幸福になれなかったと訴えることがないのと同様である。効果がないのが健康食品であるから、裁判所は門前払いである。所詮、大人のおもちゃを信じる方が非常識である。
 健康商法に類似した悪魔の囁きは医療現場にも広く潜んでいる。効果のないクスリは早くやめるべきで、もし漫然と投与しているのであれば中止すべきである。クスリに気を許してはいけない。また患者の不幸に便乗するような医療があってはいけない。
 世の中にはさまざまな商売があり、職業に貴賎はないが、人の弱みにつけこむ商売だけは許しがたい。おもちゃのチャチャチャは子供の笑顔の領域だけで沢山である。