国民投票

 本年10月14日、朝日新聞は「死刑廃止」の社説を載せ、批判や反発を覚悟のうえでの大きな一歩と自画自賛している。この社説に対し犯罪被害者を支援する弁護士グループは、「批判するだけの朝日、誤った知識と偏った正義感」と猛反発している。このように死刑廃止の議論は人道的廃止派と感情的擁護派でいつも議論は対立している。
 朝日新聞は死刑廃止を世界の流れとし、人権を重んじるべきと教科書的な発言に終始しする。いっぽうの死刑擁護派は被害者や遺族の気持ちを優先するべきと主張する。まるでキリスト教とイスラム教との意見交換会のようで議論は噛み合わないが、ここで両者ともに重大な視点を忘れている。それば刑罰は犯罪への償いであるが、それ以上に犯罪の抑止力を持つことである。
 ここで視点を変え、歴史的な事実を述べる。
 奈良から京都に遷都した桓武天皇は、平安を願って平安京と名前をつけたが、その実態は平安どころか治安は乱れに荒れていた。遷都や蝦夷征討で国家財源を使いはたしたため軍隊を廃止し、しかも死刑をも廃止したのである。検非違使がいる京都でも治安は荒れたが、警察力のない地方はそれ以上に治安は悪化した。地方の国司は私腹を肥やすことばかりで、弱者は強者によって地獄の日々を送ることになった。死刑を廃止したことから犯罪は急増し、強盗や殺人事件が頻発したのである。弱者は自分の身を自分で守るしかなかった。そのため武装したのが武士の始まりである。
 いっぽう織田信長は「一銭斬り」を定めた。これはたとえ一銭でも盗めば首をはねることで、このお陰で信長の領地では夜道を女性が一人で歩けるほど安全になった。
 織田信長は比叡山の焼き討ちから、神仏を恐れない怖いイメージが定着している。しかし焼き討ちは比叡山が朝倉・浅井軍に協力したからで、信長は比叡山に「中立を保って欲しい」と何度も伝えていた。この申し入れが拒否されたので「比叡山を焼く」と事前に通告し、決行したのである。延暦寺は女人禁制なのに女性が多くいて約4千人が皆殺しにあった。延暦寺の焼き討ちは鉄砲などで武装した僧兵が信長に歯向かったからで、これは一向一揆の乱、高野山の焼き討ち、大阪本願寺の戦いでも同じである。 信長は宗教を嫌っていたのではなく、宗教が圧力団体となって政治に関わることを嫌ったのである。日本国憲法第20条で規定されている政教分離は信長がその道筋をつけたのである。
 死刑を廃止すれば犯罪が多発する。軽犯罪でも死刑にすれば治安はよくなる。果たしてどちらを選べば良いのか。机上の憲法論争より、この「死刑廃止か擁護か」をまず国民投票で決めてほしい。 私は当然「歯には歯の」復讐型ハムラビ法典派に近いが、正確には死ぬまで快楽を与える「口には口の」ラブラブ法典派である。いずれにせよ死刑の是非は国民投票で決めるべきで、決めたことには全員が従うべきである。