フランス・ハルス

フランス・ハルス(1582年 - 1666年)は17世紀のオランダで活躍した画家である。オランダ絵画の黄金時代を代表する画家の1人で、レンブラントよりやや年長ながら、ほぼ同時代に活躍している。オランダのハールレムで活躍し、作品にはハールレムの住人を描いた肖像画が多い。人々の生き生きとした表情を捉える描写力は卓越し、笑っている人物画を多く描いたことから「笑いの画家」と呼ばれている。モデルの人柄まで伝わってくるような肖像画で、またハールレムの名士を描いた集団肖像画も多い。かつてオランダの10ギルダー紙幣に肖像が使用されていた。
 フランス・ハルスはアントウェルペンで生まれ、父はカトリック教徒であった。1585年頃、当時のフランドルの多くの住民がしたように家族はハールレムへ移り住む。
 ハルス27歳になってようやく聖ルカ組合のメンバーになり、入会後は風俗画の制作を始めた。ハルスは2度結婚し14人もの子供を儲けている。彼はスパールネ運河近くの賑やかなこの都市で多くの肖像画を描き人生のほとんどの時間を過ごした。肖像画の制作は注文に基づき、あるときは老人、子供、女性、酔っ払いなどの人物を関心にしたがい描いた。1666年に84歳で死去し、フローテ・マルクト中央広場にある古バーヴォ教会に埋葬された。
ハルスの作品の多くは散逸して、どれくらいの作品が描かれたか分っていない。ハルスは風景画、静物画、または物語を題材にした絵画を描いてはいない。17世紀オランダの多くの画家は専門性を持ち、ハルスも肖像画から、結婚したカップル、ライフル協会の5つの連作、理事と理事夫人の肖像画 (3作品) などの人物など彼はひたすらに人を描いた。
 これらの肖像画は上流階級の人々からの注文で描いているが、ハルスはまた風俗画も描いた。浜辺の漁師の子供や、八百屋の女、ハールレムの農夫、ハールレムの魔女 など、卓越したセンスで描かれた作品が残されている。これらもまた肖像画とも言えるだろうが、より日常の瞬間を切り取った点が特徴である。
 ハルスは一気呵成に絵筆を叩き付けて描く姿を連想させるが、この想像は誤りである事が判明している。このユニークな画風は下地を置かずに直描技法で大胆に描いたからであるが、その大胆さにも関わらず、ほとんどの作品は当時主流であった絵具を厚く塗り重ねて層を作る技法が用いられている。
 時にハルスの作品はグレーやピンクの下塗りの上にチョークや絵具でデッサンされ、そこからさらに多彩な、あるいは必要最小限の色を徐々に加えて描かれている。初期の頃から才能を発揮していたハルスは、多くの場合下塗りを大雑把に済ませている。この手法は、彼の後期の円熟期の作品にも見られる。
 ハルスは持ち前の多才さに大胆さや度胸、技巧を併せ持ち、肖像画の対象となった人物が存命中にすばやく描き上げた。ハルスの息子のうち5人が画家となった。弟ディルク・ハルスも画家で集団肖像画を得意としている。

笑う騎士
1624年頃 86×69cm | 油彩・画布 |
ウォーレス・コレクション(ロンドン)

 騎士のモデルは現在も不明であるが誇らしい表情が非常に印象的で、フランス・ハルスが描いた風俗的肖像画の中でも特に秀逸な傑作である。速記的な筆跡によって豪華な衣服に刻まれるメリハリの効いた色彩模様の心地よさや、首周りや手首などレース部分の軽やかな表現、騎士の豊かで魅惑的な表情は描かれた当時から現代まで人々を魅了し続けている。

ジプシー女
1628-1630年頃 58×52cm 油彩・板
ルーヴル美術館(パリ)

 本作のモデルについて特定のジプシー又は娼婦を描いたのかどうかは不明であるが、その風貌から「ジプシー女」と命名されている。このような娼婦的な女性の単身像を描く場合、大多数の画家は官能性のみを過大に追求するがフランス・ハルスはそれを見事に逸脱し、ユトレヒト・カラヴァッジョ派らの影響である明暗対比の強い陰影法と、画家独自の速記的な筆跡によって無邪気な性格と表情を鋭く捉えることに成功している。また本作は「娼婦的な女性の単身像」という画題にもかかわらず、社会的な一般性を隠さず表現している。

リュートを弾く道化師
1623年頃 70×62cm | 油彩・画布 | ルーヴル美術館(パリ)

 様々な人々の豊かな表情を描写した代表的な作例のひとつ。風俗画的な人物の単身像作品の本作であるが、そこにカラヴァッジョ派の劇的なキアロスクーロ(明暗法)の使用の影響を感じさせず、道化師が見せる一瞬のユーモラスな表情の表現に強い関心を示している。またリュートのバラ窓にみられる軽やかで躍動的なフランス・ハルス独特のタッチは、同時代では強烈すぎるほどの個性となって当時の人々に強い印象を残している。

聖ゲオルギウス市警備隊の士官たちの晩餐

1616年頃 175×324cm | 油彩・画布 |

フランス・ハルス美術館

 画家が34歳頃に制作された。画面中央前景の分隊長を始めとした聖ゲオルギウス市警備隊員の晩餐風景的な集団肖像画である。それまで集団肖像画の典型的な三角形(台形)の構図から逸脱し、左部から右部へと高まる斜形構図が用いられている。この斜形構図は非常に重要な位置を意味している。旗持ちが手にする市警備隊の旗が、観者と描かれる市警備隊を空間的に結びつける決定的な役割を果たしている。公式的な役割からこれまでは安定的で凡庸に表現されることが通例であった集団肖像画に生き生きとした躍動感を与えている。また各人物の表情や衣服、豪華な食器に盛られる晩餐、窓から覗く空気感に溢れた遠景など丁寧で細やかな描写も画家の優れた画才を示している。