武満徹「うたうだけ、翼」

ひとつの“うた”に導かれて

現代音楽の分野で世界的に活躍した作曲家 武満徹。

彼が音楽の道を志す原点は、戦争中に聞いた1曲の“うた”だった。

 

世界のタケミツが 創った“うた”

武満徹は日本はもちろん、世界で高く評価された作曲家だった。1967年、「ノヴェンバー・ステップス」の発表で、世界にその名をとどろかせた武満。その後も世界中の名門オーケストラから作曲の委嘱を受け、20世紀の現代音楽の分野で最先端を走り続けた。その一方で、彼の人生の後半にさしかかる1980年代に入って、今回紹介するような美しく親しみやすい合唱曲を数多く発表している。メロディーはシンプルで美しいが、ハーモニーを作り上げている音は武満らしく複雑に絡み合っていて歌うのは容易ではないという。

 

人生を決めた“うた”

武満徹が作曲家を志したきっかけは、戦時中に聴いた1曲の“うた”だった。武満は、中学2年生の時に埼玉県に疎開、そこで終戦まで食料基地造りなどの重労働に 従事していた。ある日、一人の学生出身の兵士が、レコードを聴かせてくれた。その曲はシャンソンの名曲「聞かせてよ 愛の言葉を」だった。武満は、当時は歌詞の意味もわからなかったが、その美しい“うた”に心の底から感動を受け、“もし、戦争が終わったら 僕は音楽家になりたい”と決意したという。その決意どおり、戦後ほぼ独学で作曲を学び、世界的な作曲家へと上り詰めていった。まさに、人生を決めた“うた”との出会いだった。

 

究極のハーモニー

武満の合唱曲は、メロディはシンプルで美しい。しかし、ハーモニーを作り上げている音は、複雑にからみあっていて独特の音楽世界が展開されている。そこで、今回は美濃さんに加えて声楽家のみなさんにも参加してもらい、武満徹の凝りに凝ったハーモニーの仕掛けを「翼」を例に分析した。特徴としては、メロディー以外のパートが、極めて細かい音を歌いながらもメロディーと分離することなく、独特のハーモニーを作り上げていること。番組の中で、指揮者の山田和樹氏は、「ピアノで弾いた場合は音がぶつかりあって、うまく響かないのではと思うが、人の声だと不思議と美しい響きになる。武満さんはそこまでイメージしてらしたんだと思う」と発言している。