シューベルト「冬の旅」

深くて美しい絶望の歌

~シューベルトの歌曲集「冬の旅」~ 

シューベルト晩年の傑作。

24曲を通して、恋に破れ冬の荒野をさまよう若者の

心の風景を描きます。

作詞家の松本隆さんの解説などを交えて「冬の旅」が

描こうとした世界とは何だったのかにせまります。

 

深くて美しい絶望の歌

歌曲集「冬の旅」は、恋に破れ、一人で冬の荒野を旅する若者の心の風景を描いた作品。

作詞はドイツの詩人ミュラーで、全部で24曲からなる。第1曲は「おやすみ」。この曲は、恋人に別れも告げず、街を出ていく決意を歌っている。第5曲「ぼだい樹」は日本でもよく知られた名曲だ。牧歌的で美しいメロディ-のため、学校の唱歌としても長く愛されてきた。この曲も、途中から風に飛ばされそうになりながらも旅を続けるしかない自分のことを歌うなど、旅人の絶望感を表現している。その後も厳しい旅を続ける若者の姿を表現して最後24曲目の「辻(つじ)音楽師」へとたどりつく。貧しい放浪の音楽師に自らを重ね合わせて心を寄せる若者。絶望の旅の果てに、人間は何を思うのか?シューベルトの音楽はそんなことを問いかけているのかもしれない。

 

絶望から生まれた傑作

「冬の旅」が完成したのは、1827年。シューベルトが亡くなる前の年である。

シューベルトは梅毒という当時は不治の病にかかっていた。晩年は病気の悪化によって、シューベルト自身も絶望にかられていたようだ。そんな状況の彼の心に、ミュラーの詩「冬の旅」は響いたようだ。精力的に作曲し、仕上がると友人たちを呼んで早速聴かせている。しかし、あまりの暗さに友人たちの反応は今ひとつだった。それでもシューベルトは「いつか君たちにもこの曲のすばらしさがわかってもらえるよ。」と語ったと言われている。死後200年以上たった現在でも、ドイツ歌曲の最高峰の一つとして世界中で歌い継がれていることを鑑みれば、シューベルトの言葉は真実だったといえるのではないだろうか。

 

絶望へと誘(いざな)う“二つの音"

「冬の旅」は24曲中16曲が短調で作曲されている。このことだけでも、音楽全体が暗く悲しい雰囲気を漂わせていることが想像できる。しかし、シューベルトはもっと細かく、旅人の心の変化を音楽で表現している。そのことの例のひとつを第5曲「ぼだい樹」の楽譜から読み解いてみた。注目したのは、ピアノの前奏に最初に登場するド#とシの二音。冒頭では長調の響きで登場するが、やがてドとシの半音の響きにかわり短調となる。絶望へと突き進むことを予感させる音になるのだ。この半音のドとシという“二つの音"は、やがて歌の旋律にも登場し、さらに印象深い音になっていく。

シューベルトはたった“二つの音"の変化でもって、旅人の絶望が深まっていく様子を描いていると考えられるのだ。