ヴォルフ・フェラーリ「マドンナの宝石」

故郷で花開きたい!

世界中で愛される名旋律を書き上げたヴォルフ・フェラーリは、

ドイツ人とイタリア人との間に生まれた作曲家。

彼は祖国イタリアでの成功を夢見ていた。

その願いはかなったのか…

 

甘~い旋律とは裏腹に…

ロマンチックでとってもムーディーなポピュラー音楽でもお馴染みのこの曲、実は、男と女の愛憎劇を描くオペラの中の間奏曲です。物語の舞台はイタリア南部の街ナポリ。

【第1幕】 鍛冶屋のジェナロは、奔放で情熱的な義理の妹マリエラに思いを寄せていましたが、彼女が心惹かれていたのは、犯罪集団のリーダー、ラファエレ。聖母祭りの日、彼はマリエラに言い寄ります。「お前のためなら、あの聖母マドンナの宝石でも盗んでみせる」。それを聞いたジェナロは、「あんな男とは付き合うな」と彼女を引き離します。

【第2幕】 マドンナの宝石を盗み出してしまったジェナロがマリエラに宝石を渡すと、その妖しい美しさに魅せられた彼女は、兄と恋人の区別がつかなくなり、ジェナロに体を許してしまいます。

【第3幕】 マリエラにふられたジェナロは、失恋の絶望と罪の深さを思い知り、自らの命を絶ちます。

このオペラの第1幕と第2幕の間で演奏されているのが今回の「間奏曲」です。オペラの間奏曲は、見る者、聴く者のイメージに残るものとして書かれる重要な役割があります。ヴォルフ・フェラーリは、登場人物の甘く切ない恋心を彷彿とさせるような印象的なメロディーを取り入れることで、オペラ全体にインパクトや彩りを与えようとしたと考えられています。

 

イタリアでドイツな 男の夢

エルマンノ・ヴォルフ・フェラーリは、イタリアのベネチア出身。ドイツ人の父親と、イタリア人の母親との間に生まれ、幼い頃からピアノを学び音楽を愛しました。一方で、画家だった父親の才能も受け継いでいた彼は、ドイツ・ミュンヘンの美術学校に学びます。しかし、音楽の道を諦めきれず、ミュンヘンの音楽学校に新たに入学し、本格的な作曲法を学んだのです。彼が専念したのはオペラ、とりわけ力を注いだのは「喜劇」でした。若きヴォルフ・フェラーリの作品は、第2の故郷ドイツでは成功しましたが、出身国のイタリアでは、全く評価が得られませんでした。祖国イタリアでの成功を夢見た彼は、イタリア人が好む新しいオペラ目指し、自らの作風を変えていきます。初めて挑戦する「悲劇」、イタリアの庶民の暮らしをリアルに描く物語の創作、印象的な間奏曲を取り入れるなど…こうして生まれたのが歌劇「マドンナの宝石」でした。ドイツでの初演は大成功。その後は、ヨーロッパ、アメリカなどでも成功し、彼の名を世界に知らしめました。 しかし、彼がこだわっていたイタリアでの上演は失敗に終わりました。理由は彼の作曲技法にありました。ヴォルフ・フェラーリは、台本のセリフの自然な流れを如何に音にしていくかを徹底的に追及したため、当時のイタリアの聴衆にとって、「印象的な歌のメロディーが書かれていない」、と解釈されてしまったのが原因と言われています。しかし、彼のイタリア的な感性が十分に発揮された「間奏曲」は、イタリアでは勿論、世界中で愛される名曲になったのです。

 

切ない恋心 揺れ動く!

「マドンナの宝石・間奏曲」は、登場人物の揺れ動く恋心がうまく表現されていると言われています。

ポイント① リズム

メロディーは基本的には4分の2拍子。伴奏は8分の6拍子。同時に演奏すると、メロディーの音と伴奏の音が所々で重なったり離れたりしますが、それらは溶け合って、一つの曲になっています。このように複数の異なるリズムを同時に演奏することをポリリズムと呼んでいます。例えば、伴奏を8分の6拍子ではなく、4分の2拍子にして、メロディーと合わせて演奏してみてください。ポリリズムにした方が揺れ動く感じが出ることを実感出来ると思います。因みに、この「間奏曲」のメロディーは切ない恋心を、伴奏はナポリの風景を描いているとも言われています。

ポイント② 短調と長調の関係

短調で物悲しい感じがずっと続いた後、パッと陽が差すように明るい感じの長調に変わります。その後、またすぐ短調にもどってしばらく続いたところで、また同様に長調に変わるところが出てきます。悲しさと明さの変化にも、恋心の揺れ動く感じが巧みに表現されています。