サラサーテ「チゴイナーワイゼン」


逆境を武器に変えた

エンターテイナーバイオリンの名手サラサーテは、“ジプシー音楽”を取り入れてチゴイナーワイゼンを作曲しました。この曲は、サラサーテのバイオリニストとしての弱点を“武器”に変えてしまったのです。サラサーテの人物像を見つめながら、この曲の魅力に迫ります。

 

天才でセレブ…でも気さくな人!?

サラサーテは10歳の時、マドリードの宮廷で演奏し、時の女王イサベル2世からバイオリンの名器ストラディバリウスを与えられ、彼女の資金援助により、パリ音楽院に留学。美しい音色と完璧な音程、超人的な演奏技術を持ち、世界を巡る演奏旅行で大成功をおさめ、巨万の富と名声を得ました。そんなセレブなサラサーテも、毎年故郷で行われる牛追い祭りのころには帰省し、地元の人たちと親しく交歓し、惜しみなく演奏を披露したといいます。民族音楽に関心を持っていたサラサーテは、ロマ音楽(ジプシー音楽)にも注目し、その特徴を取り入れてチゴイナーワイゼンを作曲しました。演奏者と聴衆との距離が近いロマ音楽に、サラサーテが親近感を持ったためではないかと考えられています。

 

弱点から生まれた“武器”

天才という名をほしいままにしたサラサーテでしたが「手が小さい」という弱点がありました。サラサーテは、バイオリン史上最高の名手パガニーニ以来の名誉を担うバイオリニストと言われるほどの実力を持っていましたが、パガニーニの曲を演奏することは避けていました。手が小さいサラサーテは、パガニーニの作品を思うように弾けなかったからだと言われています。しかしサラサーテは、そんな弱点を克服する妙案を思いつきます。それは、バイオリンのハイポジションを使って演奏することでした。ハイポジションは、弦をおさえる時の指と指の間隔が狭く、手の大きな人にとっては、正確な音程を出すことが難しいのですが、手の小さな人にとっては、正確な音程を出すのに比較的有利な場所です。サラサーテは、得意のハイポジションでの旋律を取り入れた作曲に取り組み、その結果、高音のきらびやかで華やかな旋律に満ちた名曲「チゴイナーワイゼン」が生まれたのです。

 

“ジプシー音楽”に変身!

哀愁感漂う“ジプシー音楽”の音階(ロマ音階)は、短調の音階に似ています。例えば、ハ短調の音階は、前半部分は、ド-レ-ミb(フラット)-ファ-ソ ですが、ロマ音階は、4番目の音の「ファ」に#(シャープ)が付いて ド-レ-ミb-ファ#-ソ となります。チゴイナーワイゼンの前半にもこの音が出てきます。ロマ音階のポイントは「ファ」の#。聴きなれた短調の曲の「ファ」(主音のドから数えて4番目の音)に#を付けて演奏してみてください。ロマっぽい感じに変わることが実感できると思います。ロマ音楽のもう一つの特徴は、即興性です。チゴイナーワイゼンの前半、バイオリンの独奏が、ためたり、走ったり、時には立ち止まったり、と自由自在に演奏し、オーケストラの伴奏が、これに、あうんの呼吸で合わせていく様も聴きどころです。