白鳥の湖

白鳥の湖

 ロシアの作曲家チャイコフスキーによって作曲されたバレエ作品で、ドイツのムゼウスによる童話「奪われたべール」を元に構想が練られた。初演は1877年3月4日、モスクワ・ボリショイ劇場バレエ団。初演以降、多くの演出家によってストーリー・登場人物・曲順などが異なる様々な版が作られている。

  

あらすじ

 ジークフリート王子は母の王妃から「明日の舞踏会で花嫁候補を選ぶように」と言い渡された。憂鬱になった王子がふと見上げると、空に白鳥の群れが飛んでいた。魅入られるように白鳥をあとを追って狩に出かけると、寂しげな湖のほとりに来てしまった。王子はそこで、王冠をいただいた白鳥が美しい娘に変わるのを見た。
 娘の名はオデットで、フクロウの姿をした悪魔に侍女とともに白鳥に姿を変えられ、夜の間だけこの湖のほとりで人間の姿に戻ることが許されていたのだった。その悪魔の呪いは、「まだ誰にも愛を誓ったことのない青年の永遠の愛の誓い」によってしか解けないと言うものであった。
 一目で恋に落ちたは王子はオデットに「私が永遠の愛を誓って、悪魔の呪いを解いてあげげる」と申し出た。オデットも王子に惹かれ、その言葉に希望を持つが、上空には二人を見張るようにフクロウの姿をした悪魔が飛んでいた。
 翌日の舞踏会で、ジークフリート王子は「花嫁候補の誰とも結婚しない」と宣言して王妃を嘆かせた。そこへ見知らぬ貴族が娘を連れて現れた。その貴族の娘オディールはオデットにそっくりだった。オデットのふりをしたオディールに誘惑された王子はその魅力に陥落してしまい、オディールに永遠の愛を誓ってしまう。
 それを聞くや否や、貴族と娘は王子を嘲る高笑いを残して去って行った。貴族はあのフクロウの姿をした悪魔で、オディールはその娘だった。こうして悪魔の策略にはまってしまった王子は、オデットにかけられた呪いを解くことができなくなってしまった。

 ジークフリート王子は湖に駆けつけてオデットに許しを乞うた。二人は改めてお互いへの愛を確認するが、そこへ悪魔が現れて二人を永遠に引き裂こうとする。愛するオデットを助けたい一心からジークフリートは果敢に悪魔に戦いを挑み、二人の愛の力で弱ってきた悪魔を倒した。すると呪いが解け、オデットは人間の姿になり、二人は永遠の愛を誓い合った。


 

<序奏>
 オデット姫は侍女たちと美しい湖のほとりで花を摘んでいた。すると突然大きなフクロウの姿をした悪魔が現れて翼を不気味に羽ばたかせ、オデットたちを翼の中に飲み込んで白鳥に姿を変えてしまう。美しかった湖の景色も、荒れ果てた岩だらけの険しいものに変えた。
<第一幕 王宮の前庭>
 時が経ったある日のこと、お城の前庭ではジークフリート王子の誕生祝いの宴が開かれていた。ジークフリート王子の友人で道化者のベンノらが、お祝いを言いに訪れた村娘を誘い込み、王子の家庭教師までが泥酔し、ついには村娘に手を出して、逆に娘たちから笑い者にされていた。

 青春真っ盛りの陽気な乱痴気騒ぎであったが、ジークフリート王子は陽気に振る舞っているたが、心の中は憂鬱だった。母の王妃が父王の亡き後に摂政としてまつりごとを行ってきたが、これからは成人となった自分が王となって国や民に対して責任を負わなければならない。それに王となったのだから早く妃をめとって跡継ぎをつくるようにと言ってくるだろう。まだ本当の恋をしたことのないジークフリート王子にとって王妃の期待はたまらなく憂鬱であった。この重圧から逃げ出せるものならどんなにいいだろうか。

 そこへ母の王妃が宮廷の侍女たちを連れて現れる。みんな大慌てで、酒や村娘たちを隠し体裁を繕おうとした。しかし王妃の目はごまかせず、王妃の厳しい態度に、村娘たちはこそこそと立ち去った。王妃は王子に誕生祝いの立派な弓を贈った後、「明日の舞踏会に花嫁候補を数人呼んであるので、その中から妃を選ぶように」と言い渡した。

 王妃が帰った後は、村娘の代わりに侍女たちが参加して誕生祝は続けられた。ジークフリート王子も陽気に振舞おうとしたが、お妃選びを言い渡されたので気持ちは沈んでいくばかりだった。

 ふと空を見上げると白鳥の群れが飛んでいる。白鳥と同じように翼があればどこへでも自由に飛んでいけるのに。ジークフリート王子の目は白鳥たちに惹きつけられた。側には王妃から贈られた弓があった。王子はまだ続いている誕生祝いを抜け出し、魅入られたかのように弓を手に白鳥を追って駆けた。

 

<第二幕 静かな湖のほとり>
 白鳥を追いかけるうちに。いつしか月夜になり、ジークフリート王子がふと気がつくと岩だらけの荒れ果てた湖のほとりに来ていた。上空には大きなフクロウが不気味に翼を広げていたが、狩に夢中になっている王子は気がつかなかった。湖畔には小さな聖堂の廃墟があり、湖には一群の白鳥が泳いでいた。先頭の白鳥は頭に王冠を頂いていた。ジークフリート王子はねらいをつけたが、白鳥たちは気配を察して逃げてしまった。しくじったな、と思っていると、聖堂の廃墟が不思議な光に照らされ、そこに王冠を頂いた白鳥が現れ、白鳥が一人の美しい娘に変わっていった。王子は驚愕し、そしてその美しさに息を呑んだ。

 白鳥の美しい娘は、自分を射ようとした王子を怖がっていたが、王子が誠実にわびると心を開き、自分の境遇を話し始めた。娘の名はオデット姫。湖のほとりで侍女たちと花を摘んでいる時に、突然大きなふくろうの姿をした悪魔が現れ、その巨大なマントに包まれたかと思うと、みんな白鳥に姿を変えられてしまった。以来、夕暮れから夜明けまではこの廃墟でのみ人間の姿でいられるが、それ以外は白鳥になったままだっだ。この悪魔の呪いは「今まで誰にも愛を誓ったことのない青年の永遠の愛の誓い」によってしか解けないと言う。

 すっかりオデットに心を奪われたジークフリート王子は、「私が永遠の愛を誓ってあなたにかけられた呪いを解いてみせます、明日お城の舞踏会で花嫁を選ぶことになっているので、ぜひ来てください」と言った。オデットもまたジークフリートに惹かれており、その申し出を受けたいと思ったが、人間の姿でいられるのはこの廃墟での限られた時間のみだった。「残念ながらうかがえないのです」と悲しげに言うオデットに、王子は「あなたが来られないのなら、私は決して他の女性を選んだりしません」と約束した。幸せな愛の想いに満たされたオデットであったが、上空からはフクロウの悪魔が羽ばたく不気味な羽音が聞こえてきた。悪魔はこの話を聞いていたに違いない。不安になったオデットは、「悪魔は策謀を巡せて私たちの仲を引き裂こうとするでしょうから、気をつけてください」と王子に警戒を促した。

 二人が話しているうちに、湖畔からは次々と白鳥たちが現れ、聖堂の廃墟で娘の姿に変わっていった。オデットの侍女たちである。侍女たちも最初は自分たちをねらっていた王子を怖がっていたが、オデット姫と王子が愛し合っていることを知り、心を開き始めた。そしてせめて人間でいられる時間を楽しく過ごしましょう、とみんなでダンスをした。しかしいつしか夜が明け、大きなフクロウの悪魔が空から降りてきて娘たちに「行け!」と命令した。すると娘たちは廃墟へ追い込まれ、白鳥に姿を変えられて湖へ消えて行った。別れ際にオデットは自分の羽をジークフリート王子のために残して行った。

 娘たちの姿はなく、暁の光に照らされた湖には、白鳥が泳いでいるだけだった。ジークフリート王子はしばらく呆然としていたが、やがてオデットが残して行った羽を拾い上げた。不思議な出来事ではあったが、夢ではなかった。今や憂鬱はすっかり姿を消し、ジークフリート王子の心はオデット姫への愛で満たされていた。

 ハープの短い序奏のあと、オーボエがソロで主旋律を吹く「情景」(第2幕・第10曲、第14曲)が、本作品を代表する曲として、特によく知られている。

<第三幕 王宮の舞踏会>
 翌日、お城の大広間でジークフリート王子のお妃選びのための舞踏会が盛大に催された。王子は王妃と並んで玉座についた。国中の主だった者は皆招待されていて、お妃候補として外国の姫君が幾人か来ていた。お妃候補たちは王妃に請われて可憐なダンスを披露した。みな王子の気を惹こうとして精一杯の愛嬌を振りまっていた。王妃は王子に「どの娘が気に入りましたか」と訊いたが、王子は「この中の誰とも結婚しません」とオデットとの約束通りに答えた。王妃は大変がっかりしため息をついた。王子友人のベンノにオデットの羽を見せ、昨日の不思議な出来事とオデットとの約束を話して聞かせた。

 そこへ新たな来客を告げるファンファーレが高らかに鳴り響いた。ロットバルトという大貴族が娘のオディールと舞踏団を率いて現れたのだ。大貴族のようだが、誰もその名を聞いたことがなかった。
 ジークフリート王子はその娘のオディールを見て驚いた。黒いドレスに身を包んだオディールはオデットにそっくりだった。そのオディールはジークフリート王子を誘うかのように艶やかに微笑みかけてきた。オデットは白鳥の姿のままだから舞踏会には来られないと言っていたが、このオディールはオデットなのではないか。ジークフリート王子はすっかりオディールに心を奪われ、早くオディールと話をしてみたいと思った。

 そんな王子をじらすかのように、ロットバルトは連れて来た舞踏団に次々とダンスを踊らせた。スペインの踊り、ナポリの踊り、ハンガリーの踊り(チャルダッシュ)、ポーランドの踊り(マズルカ)、ロシアの踊り(ルースカヤ)。どれも見事なもので、最初は見かけない貴族、と怪しく思っていた王妃たちも次第にダンスに釣り込まれて警戒心を解いていった。ジークフリート王子の視線は絶えずオディールを追っていた。

 ようやく舞踏団のダンスが終わり、やっと王子はオディールと踊ることができた。王子は大事に持っていたオデットの羽を取り出し、この羽に見覚えはありませんかと訊ねた。オディールはオデットの羽を放り投げて言った。「もうこれは必要ありませんわ、私は今こうやってあなたの前にいるのですもの。それよりもっと強く抱きしめてくださらない?」王子を見つめるその目は、燃えるように魅惑的だった。王子の心は陥落してしまった。

 その頃大広間の窓の外では一羽の白鳥が必死で羽ばたいていた。心配したオデットが様子を見に来たのだった。どうか惑わされないで、悪魔の策略にはまらないで!
 しかし、もはやジークフリート王子はオディールの他は何も見えなくなっていた。オディールを抱きしめてダンスを踊った後、王子は王妃の所へ行き、私はこの人をお妃として選びたいと告げた。王子が姫を選んでくれたので、王妃は安堵して王子を祝福した。

 そして王子は大貴族に化けた悪魔の所へ行き、ご令嬢と結婚させてくださいと申し込んだ。大貴族はもったいぶって永遠の愛の誓いを求めた。それを見ていた友人のベンノは不吉な思いがよぎり、王子を止めようとした。しかしのぼせあがっている王子はベンノを押しのけ、求められるままにひざまづいてオディールの手に自分の手を重ねて永遠の愛を誓った。

 すると明るく華やかだった大広間は一転して真っ暗になった。外では稲妻が走り、雷鳴がとどろいた。窓の外には嵐の中で必死で羽ばたく白鳥の姿が見えた。王子はようやく気がついた。ロットバルトはあの大きなフクロウの姿をした悪魔で、オディールはオデットではなく悪魔の娘だったのだ。王子は悪魔の策略にまんまとはまってしまったのである。呆然とする王子にロットバルトとオディールの高笑いが聞こえてきた。そしてロットバルトはその翼のようなマントで不気味な嵐を巻き起こしオディールとともに去って行った。
 大広間は大混乱になった。王妃はうちひしがれる息子を抱きしめて嘆いた。しかしジークフリート王子は居ても立ってもいられなかった。心配するベンノを振り切り、ジークフリート王子はオデットの元へと駆け出した。


<第四幕>
 湖のほとりでは白鳥の娘たちがオデットの帰りを待っていた。王子は悪魔の誘惑に打ち勝ってオデットへの愛を守り抜けるだろうか。心落ち着かない娘たちは努めて陽気にダンスを踊って気を紛らわそうとしていた。
 そこへオデットが帰って来た。廃墟の近くで娘の姿に戻ったオデットの髪は乱れ、顔は悲しみに満ちていた。オデットはジークフリート王子が悪魔の策略にはまって自分を裏切ったこと、これで自分たちが人間の姿に戻る望みはなくなったことを娘たちに告げた。娘たちも絶望的な気持ちになったが、気を取り直してオデットにあの人のことは忘れましょうと言って慰めた。
 そこへジークフリート王子が駆け込んで来た。娘たちはオデットに隠れるように言い、オデットを探す王子を冷たくあしらい邪魔をした。しかしすっかり打ちひしがれた王子の姿を見たオデットはたまらず駆け寄り、王子はその足元に身を投げ出して許しを乞うた。娘たちは「そんな人にはかまわないであちらへ行きましょう」と言って去っていったが、オデットは立ち去ることができなかった。たとえ誤って自分を裏切ってしまったとはいえ、もはやオデットは深く王子を愛するようになっていた。過ちを許したオデットは別れの時が近づいてきたのを知り、愛を歌いあげるかのようにジークフリート王子と優美なダンスを踊り続ける。
 やがて夜明けが近づき、大きなフクロウの姿をした悪魔が現れ、上空を旋回しながら娘たちを廃墟に追いやり白鳥に変えてしまった。悪魔は「お前はオディールとの約束を守らなければならない」と言って王子を追い払い、オデットを聖堂の廃墟に追いやって白鳥の姿に変えてしまった。
 愛するオデットとの最後の時を引き裂かれたジークフリート王子は、思わず悪魔に戦いを挑んだ。しかし悪魔はあざ笑うかのように不気味に翼を羽ばたかせて嵐を起こした。たちまち湖は洪水となり、岸に押し寄せて王子を飲み込んだ。沈み行く王子の目に悲しげに羽ばたくオデットの姿が映った。
 そうだ、何としてもオデットを助けたい。王子の中に今まで経験したことがないような力強いものが湧き上がって来た。そして押し寄せる波に抗い、力の限り泳いだ。岸ではずっとオデットが王子を力づけるように羽ばたき続けていた。そうして抗い続けるうちに波は段々と弱くなり、ついにジークフリート王子は岸へ辿りついた。岸では悪魔が待ち受けていたが、悪魔の足元は乱れ始めていた。お互いを思いやるジークフリート王子とオデット姫の愛が悪魔の力を奪ったのである。ジークフリート王子は悪魔の羽をとらえ、むしりとった。悪魔は苦しげにのたうち回り、やがて滅びて行った。


<エピローグ>
 悪魔の姿が消えてなくなると、不思議な光が辺りを包み込んだ。やがて岩だらけの荒れ果てた光景は姿を消し、湖畔に花が咲き乱れる美しい景色が姿を現した。そして岸には美しい姫君に戻ったオデットが立っていた。悪魔の呪いから解き放たれたばかりのオデットは不思議そうに自分を見回していたが、やがてまちわびていた時が訪れたことに気がついた。そして試練に会いながらも、愛を貫こうと果敢に悪魔と戦って呪いを解いてくれたジークフリート王子の腕の中に飛び込んだ。二人は固く抱き合った。二人の回りには侍女の姿に戻った娘たちもやって来た。そしてジークフリート王子とオデット姫はみんなに祝福されながら再び永遠の愛を誓い合った。



初演振付    ウェンゼル・ライジンガー
音楽      チャイコフスキー
初演      1877年 モスクワ・ボリショイ劇場

現在の上演の基となっている改定版
台本      マリウス・プティパ、モデスト・チャイコフスキー(作曲者の弟)
振付      マリウス・プティパ、レフ・イワーノフ
初演      1895年 ペテルブルク・マリインスキー劇場