女神ニケ

 ギリシャ神話にでてくる有翼の女神ニケの彫刻である。ギリシャ神話でオリュンポスの神々の長ゼウスのメッセンジャーをつとめる女神ニケは勝利をもたらすと伝えられ、戦いや国家の守護神とされている。その女神ニケが、まさに飛び立とうとして総身に風をはらむでいる優美でダイナミックな姿である。
 前190年ころ、ギリシャ人(ロドス人)がシリアのアンティオコス三世との海戦で勝利し、サモトラケ島の航海の守護神をして奉納したとされている。ニケは古代ギリシャの人々が着ていたキトンという薄いドレスをまとっている。エーゲ海の風を受け、キトンを後方へとたなびかせている。その薄い布は風の圧力で透けているように女神に張りつき、女神の美しい肌を感じさせる。上衣の襞が均斉のとれた肉体の美しさを伝え、翼の力感とともにニケの優雅な姿を見せてくれる。船のへさきをかたどった台座の高さは5m57cm、大理石で作られた女神は翼も入れて3m以上もある。
 実際のサモトラケ島はこのニケの姿から予想されるように、風の強い島として有名である。夏には海水浴客のリゾート地になるが、九月に入ると身体が飛ばされそうな北風が、対岸のマケドニアのほうから激しく吹いてくるのである。

 「サモトラケのニケを眺めていると、風が起こるのを感じる」というロマンチックな表現が残されているが、女神ニケ彼女が風に逆らい、太くて丈夫そうな脚でしっかり踏まえていることを実感する。この女神のたくましさは、サモトラケは女神信仰が続いていたところで、この「サモトラケのニケ」が持つ圧倒的存在感は大地の母の如きである。

 残念なことであるが女神ニケには頭と腕がない。ローマ帝国の時代になってキリスト教が広まると、異教となったギリシャ神殿は破壊され、神々の像は顔を削られ、その首や手を切り落とされたのである。サモトラケ島のニケも同様に破壊されたのである。本当のニケはどのような姿をしていたのだろうか?

 現在、ルーヴル美術館の南の回廊「ダリュの階段」のところに展示されている。