ブラックスワン

ブラックスワン(映画、ダーレン・アロノフスキー監督

 ニューヨーク・シティ・バレエ団に所属する娘盛りのニナ(ナタリー・ポートマン)は、バレリーナとして人生の全てをバレエに捧げる日々を送っていた。一緒に住む母親エリカは元バレリーナで、今では絵画を描く日々を送っているが、自分が果たせなかったバレリーナの夢をニナに託し、ステージママになり、娘に過剰な程の愛情を注いでいる。

 ニナの所属するバレエ団は次の公演「白鳥の湖」の上演準備に入り、芸術監督トマ(ヴァンサン・カッセル)はプリマ(主役)を選ぼうとしていた。「白鳥の湖」の主役「白鳥の女王」は、純真で無垢な「白鳥」と、官能的で邪悪な「黒鳥」の二役を一人で踊るため、相反する事柄を一人で表現しなければいけない。監督トマは白鳥の女王役に、それまでプリマを務めていた花型のベス(ウィノナ・ライダー)を降板させ、新人のリリー、ヴェロニカ、そしてニナを候補者に挙げ、新しい振り付けで「白鳥の湖」を行うことを決定する。

 ニナの生真面目で几帳面な気性は、白鳥役には向いていたが、狡猾な黒鳥を表現し切れていなかった。トマは主役にヴェロニカを選ぼうとするが、ニナは再考を懇願して監督トマの所へ行く。するとトマに突然キスをされ、ニナは思わずトマの唇を噛んでしまう。ニナに意外な面があることに気付いたトマは考えを変えニナを主役に抜擢する。

 バレエ団は次の公演のために宴会を開き、トマはバレエ団のプリマだったベスの引退を発表し、更にその場でニナを新しいプリマ・スターとして紹介した。ニナは華々しくデビューを飾るが、ロビーでトマを待っているとベスが現れ、トマを性的に誘惑してプリマの役を得たのかと詰め寄られる。その後、トマのアパートに招かれたニナは、黒鳥を演じるには性的な喜びを知ることが必要と忠告される。

 次の日から過酷な練習が始まるが、ニナは監督トマから、性的な情熱に欠けていると責められ、やがて精神的に疲れ、幻覚や妄想に悩まされるようになる。代役として控えているリリーが、自分の主役の座を奪おうとしていると思えてならない。

 或る夜、ニナは母親と諍いを起こし、リリーに誘われてクラブへ飲みに出かける。酔った勢いでニナは麻薬を使い、男性と性行為に興じる。その後ニナとリリーは、ニナのアパートに帰ったが、又母親と言い争いになってしまう。ニナはリリーと二人だけで自分の部屋に閉じ篭りリリーとの性行為に耽り、やがて寝込んでしまう。

 翌朝、目を覚ますと、一緒に居るはずのリリーはどこにも居なかった。練習場に駆け付けると、リリーが白鳥の女王役を踊る形で練習が始まっていた。ニナはリリーに対して、なぜ起こしてくれなかったのか、と怒りをぶちまけるが、リリーは「昨晩はクラブで出会った男性と一夜を過ごした」と言う。
 アパートでの二人の出来事はニナの妄想であった。ニナの幻覚や妄想は日増しに酷くなり、「白鳥の湖」の開演を翌日に控えた前夜、監督トマと舞台裏で性行為をしているリリーが徐々にニナに変身してゆく幻覚に襲われる。帰宅するも母親が描いた多くの絵が自分を嘲笑っているように見えてしまう。更に自分の身体が鵞鳥のように化け、遂にニナは気を失ってしまう。
 いよいよ公演が始まる日の夕方、ニナが目覚めると「体調を崩し舞台に出られないと劇場に連絡した」と母に告げられる。ニナは母を乱暴に振り切り劇場へ向かう。劇場ではリリーが白鳥の女王を踊る準備を進めていた。ニナはそんな経緯を無視し、「代役は不要」とトマに告げると白鳥として踊る準備を整えた。
 第一幕は順調に滑り出したが、やがてニナに幻覚が現れ、仕舞いには王子役のバレエ・ダンサーがニナを受け損ない落としてしまう。すっかり憔悴して楽屋に戻ると、そこには黒鳥の化粧をしているリリーの姿があった。そして眼前でリリーがニナの姿へと変容する幻覚を見ながら、彼女と揉み合いになり、割れた硝子の破片でリリーを刺殺してしまう。ニナはリリーの死体を隠し、第三幕を踊る為、黒鳥として舞台に登場した。
 ニナはまるで身も心も黒鳥となったかのように、情熱的にそして官能的に踊り、観客は総立ちの拍手でニナを褒め称えた。舞台を下りると、ニナはトマと抱き合い口付けを交わす。ニナが楽屋で待機していると、そこにニナの踊りに感動したリリーが激励の言葉をかけに現れた。この時、ニナはリリーと争ったのは幻覚だったこと、鏡の破片で刺したのもリリーではなく、自分自身だったことに気付く。
 第四幕(最後幕)舞台が始まり、ニナは結末を完璧に躍りこなした。最後の白鳥が崖から跳び下りて命を絶つ場面を演じながら、ニナは観客の中に母がいて感動してすすり泣いていることに気付いた。観客はまた総立ちになり、劇場全体に割れんばかりの拍手が響き渡った。観客席が感動に包まれ、監督トマもニナを褒め称えて抱き上げるが、ニナの腹部からは大量の血が滲み出していた。完璧なバレエを舞いきったニナは、恍惚とした表情で宙を見上げるが、その視界は徐々に白んで行った。

 バレエ「白鳥の湖」の主演に抜擢され、潔白な白鳥と官能的な黒鳥の二つを演じることになったバレリーナが、プレッシャーにより徐々に精神が崩壊していく様を描いたサスペンス映画である。主演のバレリーナをナタリー・ポートマン、その振付師をヴァンサン・カッセル、ライバルのバレリーナをミラ・クニスが演じる。
 批評面、興行面ともに成功を収め、第83回アカデミー賞では作品賞を含む5部門で候補に挙がった。主演のナタリー・ポートマンは約10kgの減量で身体を作り、幼少期の経験を活かして、1年に渡る過酷なバレエの特訓を行った。アカデミー主演女優賞を始めとする多くの賞を受賞した。しかしポートマンのダンス・シーンは後に替え玉絡みの論争を巻き起こすことになった。