原始美術

 原始美術とは「生活に必要な道具ではなく、呪術などの手段として作られたもの」で、美術的な作品ではあるが、今日でいう美術とは違っている。原始美術が4万年前からとすれば、キリスト誕生から今日までの20倍もの長い時間があり、原始美術の時代から現在までを1年間にたとえれば、ルネッサンスの登場でさえも12月30日の早朝になる。

 このように美術史のほとんどは原始時代で占められ、私たちが歴史で習う美術は、美術の歴史のわずか最後の数行である。人類誕生から原始美術は始まり、人類美術史の大部分のページはこの原始美術の時代であった。

女性像 オーストリア出土(紀元前3万年前)

クニャック洞窟(フランス)の山羊

アルタミア洞窟絵画(スペイン)

紀元前2~3万年前

 左図は、今から3万年ほど前の、高さ 11.1 cmの女性の像で、1908年にオーストリアの旧石器時代の遺跡で考古学者ヨーゼフ・ソンバティが発見した。

 この女性像は「ヴィレンドルフのヴィーナス」あるいは「ヴィレンドルフの女」と名付けられ、豊かな乳房や腰が強調され、多産への願いが読み取れる。さらに肥満体は豊穣を示唆し、小さな腕は乳房の上でまとまっており、女性像には明瞭な顔面がない。頭部は組み紐の巻いたもの、頭飾りと考えられるもので覆われている。

 写実的な肖像ではなく、理想化された女性の姿である。当時の人々は、今日のような宗教や芸術という概念はなく、自分たちの生存や繁殖に向けての原始的で未分化な願いや祈りをこめて創られたのだろう。この女性の姿は「豊かさ」のイメージを私たちに語りかけてくる。

 原始人間像で世界的に共通なのは、そのほとんどが女性像で、女性は子供を産むという神秘性を持っていたからであろう。

 

 洞窟絵画は、南フランスから北スペインにかけて、約3万年前~約2万5千年前の遺跡とともに発見された。洞窟や岩壁の壁面および天井部に描かれた絵の総称で、現存する人類最古の絵画である。

 スペインのアルタミラ洞窟の絵画,フランスのラスコーの洞窟壁画などが代表例である。動物や狩猟図を描いた絵画は、狩りの成功を願って描かれたと思われる。これらは社会的に敬われていた年長者や、シャーマンによる作品であると信じられているが、それは想像であり疑問は多い。

 描きかたが同じで、しかも芸術的であり落書きのような駄作がない、照明のない洞窟でどのように描いたのか?まさに古代芸術のロマン的な疑問である。

 クニャック洞窟に描かれた山羊は、岩面を覆う結晶化した石灰に、赤い輪郭線で描かれている。この洞窟絵画が頂点に達するのは約2万年前~約1万年前で、初期には輪郭線中心の単純な表現が多いが、中期になると動物の毛の色に応じた明暗が使い分けられ、表現豊かな絵画が見られる。さらにラスコー洞窟に描かれたビソン(野牛)には、ヒトが狩りをする様子まで描いている。

 アルタミラ洞窟壁画は、1879年にこの地の領主でアマチュアの考古学者であるマルセリーノ・デ・サウトゥオラ侯爵の12歳の娘マリアによって偶然発見された。

 当時の学界は洞窟壁画を否定し、侯爵の捏造と非難した。しかし侯爵が57歳で死去してから15年後に、学界は洞窟壁画を公式に認定し、学界は侯爵を非難したことを謝罪している。

 ここで素朴な疑問は、古い洞窟壁画は誰が描いたかである。ネアンデルタール人が初期の洞窟壁画を描いたのかもしれない。

 日本でも縄文時代の遺物である「縄文土器や土偶」が出土していて、その姿は現代にはない芸術的魅力にあふれている。国宝に指定されている土偶 はすべて女性を形取ったもので「縄文のビーナス」「縄文の女神」「仮面の女神」「中空土偶」「合掌土偶」と名前がついている。

 5体中3体は妊娠している女性像で、2体は妊娠を思わせる像である。このように縄文時代の土偶は、女性、特に妊婦をモチーフにしたものが多い。多産を象徴する「古代の女神」とされている。

 

右)土偶 青森県亀ヶ岡遺跡出土

  (通称:遮光器土偶)

 

下右)土偶(縄文のビーナス)縄文中期

   の代表的な土偶。長野県棚畑遺跡出土

下)土偶(宮城県恵比寿田遺跡)