ジャガイモの恐怖

 ジャガイモの恐怖 平成11年(1999年) 

 ジャガイモの原産地は、南米大陸アンデスの高原である。16世紀にインカ帝国を征服したスペイン人がジャガイモを欧州に持ち込んだが、欧州では食料として普及しなかった。それはエリザベス女王1世がジャガイモを食べ、若芽に含まれる有毒物質ソラニンによる中毒を起こしたからである。そのため欧州では、ジャガイモには毒が含まれていると広く信じられていた。

 しかしプロシャのフリードリッヒ大王がジャガイモの毒性を知りながら、生育期間が短く、冷害に強いため、凶作から人々を救う作物として栽培を奨励した。当時のプロシャは毎年のように飢饉に襲われ、フリードリッヒ大王はジャガイモを普及させるため、「栽培を拒否する農民は鼻を切り落とす」と命じた。ジャガイモによってプロシャは飢饉から救われ、やがてジャガイモはドイツの食卓に欠かせない穀物となった。

 1598年、オランダ船がインドネシア・ジャカルタ(ジャガタラ)から日本にジャガイモ持ち込み、ジャガタラからきたイモ、すなわちジャガイモと名付けた。ジャガイモは馬鈴薯ともいうが、これは馬に付ける鈴の形に似ていたことによる。

 ジャガイモはサツマイモよりも早く日本に伝来したが、日本人が肉食でないことからサツマイモの方が先に普及した。高野長英は著書「二物考」で、飢饉に備える食べ物としてジャガイモの利点を述べているが、日本で普及したのは明治政府が北海道の農民に種芋を無料で配ってからである。

 ジャガイモに毒が含まれていることは、エリザベス1世の例からも分かるように古くから知られていた。有毒物質ソラニンはジャガイモの中に0.02%含まれ、理論上、体重60kgのヒトが10kgのジャガイモを一度に食べれば死ぬことになるが、これまでこのような事例はない。ソラニンはジャガイモの緑の表皮部分、新芽の部分に多く含まれる。

 かつての人たちはこの常識を知っていたが、最近では忘れられ、昭和58年6月8日、埼玉県富士見市の小学校でジャガイモを食べた4年生273人のうち、99人がおう吐、腹痛などの症状を示した。食べたジャガイモは理科実習用に栽培されたもので、割れ目全体が緑色を呈していた。

 平成11年7月14日、福岡市玄洋小学校で理科の授業として校庭で栽培したジャガイモを皮のままゆでて食べ、6年生28人中19人がソラニン中毒となった。このときのジャガイモは直径約5センチと小さく、未成熟なためにソラニンを多く含んでいた。担当教官は芽を切り落とし、緑色の部分を捨てたが、小さなジャガイモが危険であることを知らなかった。

 平成12年7月15日、広島県廿日市の阿品台東小学校の理科の授業で、6年生34人がジャガイモをゆでて食べ、26人が吐き気や腹痛を訴えた。平成13年6月16日には、赤穂市内の幼稚園でジャガイモを食べた園児と職員33人が中毒症状を呈した。これもやはりソラニン中毒だった。

 平成13年9月21日、栃木県塩谷町立船生小学校で校内の畑で栽培したジャガイモを食べ12人が中毒症状を訴えた。食べたジャガイモは収穫から約2週間、教室のベランダに置いた後に、家庭科の授業でゆでて食べたのだった。日光を浴びたジャガイモは中身が緑色になっていて、担当教官はソラニンの存在さえ知らなかった。

 日本のソラニン中毒例のほとんどは、このように小学校の教育実習で起きている。生徒が栽培したものを食べる体験は貴重だが、自然界には有害なものがあることを知るべきである。

 日本では重症例はないが、海外では1969年(昭和44年)、英国ロンドンの小学校で放置されていたジャガイモが給食に出され、給食から6時間後に78人が症状を示し17人が入院、3人が重症となった。3人は低血圧、頻脈から昏睡状態となったが6〜11日後に回復した。

 1918年(大正7年)のスコットランド・グラスゴーでは、ジャガイモを食べた61人が頭痛、おう吐、下痢をきたし5歳の少年が死亡している。朝鮮戦争の時には、北朝鮮でくさったジャガイモを食べた住民382人が倒れ、52人が入院、22人が死亡する悲惨な事故も起きている。

 ソラニン中毒の症状は、頭痛、おう吐、腹痛、疲労感で、重症の場合には脳浮腫を生じる。小児の場合には意識の混濁、昏睡からけいれんを経て死亡することがある。ソラニンは神経末端のアセチルコリン分解酵素を阻害するため、副交感神経の刺激症状が出現する。

 ソラニンは、ジャガイモのすべての部分に含まれているが、茎、芽、皮下に多く存在する。またソラニンは太陽や紫外線で増加するので、収穫後は暗幕をかぶせることである。中毒の予防は、緑色の部分を取り除くのではなく、緑化したジャガイモを食べないことである。小学校の中毒例は、その多くが栽培での土寄せが不十分なため、光が当たり緑化したジャガイモを食べたことによる。

 ソラニン中毒には効果的な治療法ない。ソラニンは胃からの吸収が遅いため、摂取後4時間以内であれば、胃洗浄、吸着剤と下剤の投与が有効とされている。いずれにしても治療を必要としない軽症例がほとんどである。